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なぜ僕は医者になったのか。おかもん先生の原点
Vol.501生活・育児

なぜ僕は医者になったのか。おかもん先生の原点

小児科医になるまでの道のり。医学部を目指した理由、小児科を選んだ理由、そして今思うこと

生活・育児全年齢5
おかもん先生小児科専門医愛育病院 小児科

参考文献 3·Q&A 問収録

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この記事のポイント

  • 医師を志した原点は、身近な人の病気を通じて感じた無力さと、それを変えたいという思い
  • 小児科を選んだのは、子どもの回復力に何度も驚かされたから
  • 臨床だけでなく情報発信を始めた理由は、外来の3分では伝えきれないことがあるから

愛育病院 小児科おかもん先生 だより Vol.501

なぜ僕は医者になったのか。おかもん先生の原点

今号のポイント

  1. 2
    医師を志した原点は、身近な人の病気を通じて感じた無力さと、それを変えたいという思い
  2. 4
    小児科を選んだのは、子どもの回復力に何度も驚かされたから
  3. 6
    臨床だけでなく情報発信を始めた理由は、外来の3分では伝えきれないことがあるから

こんにちは。愛育病院小児科のおかもん先生です。

今号は、少しだけ個人的な話をさせてください。「なぜ医者になったんですか?」と聞かれることが時々あります。記事を書いたり、サイトを作ったり、AIの話をしたり。「変わった小児科医ですね」と言われることも増えました。でも原点は、とてもシンプルなところにあります。

医学部を選んだ理由

正直に言えば、最初から強い使命感があったわけではありません。

子どもの頃、身近な人が病気になった経験がありました。詳しいことはここでは書きませんが、病院に行って、検査を受けて、薬をもらって、しばらく入院して。そのとき感じたのは「何もできない」という無力さでした。見舞いに行っても、ただそこにいることしかできない。

その経験が、どこかずっと残っていたのだと思います。「何かできる側」になりたい。そう思って医学部を選びました [1]。

華やかな志望動機ではありません。でも、医師になった同僚たちに聞いてみると、似たような話が多いです。誰かの病気を近くで見て、自分にもできることがあるんじゃないかと思った。そういう静かな動機が、意外と長く続く原動力になっています。

なぜ小児科だったのか

医学部の実習では、内科、外科、産婦人科、精神科と、さまざまな科を回ります。どの科も大切な仕事をしていますが、僕の心が動いたのは小児科でした。

理由は、子どもの回復力です。

昨日まで40度の熱でぐったりしていた子が、翌朝にはベッドの上で飛び跳ねている。点滴が取れた瞬間にナースステーションまで走っていく。大人の患者さんではなかなか見られない回復のスピードに、何度も驚かされました。

もうひとつ、小児科の特徴は「家族ごと診る」ということです。目の前にいる患者は子どもですが、背後には不安を抱えた保護者がいます。子どもの病気を治すだけでなく、保護者の不安を和らげることも小児科医の仕事です [2]。この「二重の役割」が、僕には合っていたのだと思います。

💡小児科医の選び方

子どもの病気を丁寧に説明してくれること。保護者の質問に嫌な顔をしないこと。「もう少し様子を見ましょう」と言うときに、どんな変化があったら再受診すべきかを具体的に伝えてくれること。この3つがそろっている小児科医は信頼できます。

外来の3分では伝えきれない

小児科医になって数年が経ち、ひとつの壁にぶつかりました。

外来の診察時間は、一人あたり平均3分から5分です [3]。その短い時間で、診察して、診断して、処方して、説明する。正直に言えば、説明が十分にできないことが多いです。

「なぜこの薬を出しているのか」「家でどんなことに気をつければいいのか」「こういう変化があったら再受診してほしい」。伝えたいことは山ほどあるのに、次の患者さんが待っている。

この「伝えきれない」というもどかしさが、メルマガを始めたきっかけでした。外来では伝えきれないことを、文章にして届けたい。一度書けば何千人にも届く。読み返すこともできる。時間の制約を超えて、必要な情報を届けられる。

そしてこの思いが、最終的に「みなとん」というサイトの構想につながっていきます。

医師であること、発信者であること

臨床と情報発信の両立は、正直なところ楽ではありません。

日中は外来で患者さんを診て、夜に原稿を書く。学会の準備をしながらサイトのコードを書く。「どっちかに集中したほうがいいんじゃないか」と思うこともあります。

でも、外来で「先生のメルマガ読みました」と言ってくれるお母さんがいる。「あの記事のおかげで落ち着いて対応できました」とメッセージが届く。そのたびに、両方やる意味があると思い直します。

目の前の一人を診ることと、文章で千人に届けること。どちらも「何かできる側」でいたいという、子どもの頃の思いの延長線上にあります。

コンコン先生
🏥

おかもん先生より

「なぜ医者になったのか」と聞かれて、いつもうまく答えられません。カッコいい理由があるわけじゃないからです。ただ、「目の前の人が困っているときに、何かできる自分でいたい」という気持ちは、医学部に入った頃から今まで変わっていません。その「何か」の幅を広げたくて、臨床の外にも手を伸ばしています。

今号のまとめ

  • 医師を志したきっかけは、身近な人の病気を通じて感じた無力感
  • 小児科を選んだのは、子どもの回復力と、家族ごと診る役割に惹かれたから
  • 外来の3分では伝えきれないもどかしさが、情報発信の原点
  • 臨床と発信の両立は大変だが、どちらも「何かできる側でいたい」という思いから

あわせて読みたい

  • Vol.500「AI時代の小児科医の役割」
  • Vol.503「外来で忘れられない話」
  • Vol.505「みなとんが生まれた理由」

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愛育病院 小児科 おかもん先生

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